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健康寿命が伸びる仕組みをつくりたい。会社員から看護師、そして大学院留学へ

コロンビア大学公衆衛生大学院の修士課程で公衆衛生学を学ぶ五木田さん。画像提供:五木田嵩

取材:ささへるジャーナル編集部

内閣府の発表では、2019年時点の男性の平均寿命が81.41歳に対し、健康寿命(※)は72.68歳、女性の平均寿命が87.45歳に対し、健康寿命は75.38歳と、どちらも大きな差があると考えられています。

※健康上の問題で日常生活に制限のない期間のこと

誰もが病に長期間苦しむことなく健康的な生活が送れる仕組みができれば、健康寿命と平均寿命の差を縮められるかもしれません。

笹川保健財団は、「看護師が社会を変える」をポリシーに、これからの保健分野を支える新たなリーダーとして、グローバルな視点を持った看護職を支援するための海外留学奨学金制度「Sasakawa看護フェロープログラム」(外部リンク)を実施しています。

看護師の五木田嵩(ごきた・たかし)さんは、2023年2月に同プログラムに応募。現在、コロンビア大学公衆衛生大学院に留学し、公衆衛生学を学んでいます。以前は会社員として働いていた五木田さん。彼の留学に至るまでの経緯や留学先での生活、人々が健康につながる行動をとることの重要性について、お話を伺いました。

看護師として2年4カ月、HCUに所属していた五木田さん。画像提供:五木田嵩

社会人から看護師に。関心を寄せていた国際保健の道へ

――看護師になる前は、他の仕事をされていたと伺っています。看護師を目指そうと思ったきっかけは何でしょうか?

五木田:中学生の頃から国際保健に興味がありました。同時に外国に関わる仕事をしたいという気持ちもあったので、看護師になる前は国際物流企業で働いていました。国際保健の道に進もうという気持ちが強くなったのは、父を病気で亡くしたときです。自分が本当にやりたいことは何か考えた結果、決断しました。

――学生の頃から国際保健に興味があったのですね。医師ではなく、看護師を目指した理由はありますか?

五木田:もちろん医師でも予防的に働きかける仕事はあると思います。それでも看護師の方が対象者と近い点に魅力を感じました。また、国際保健の仕事について調べるうちに、さまざまな国で活躍される看護師の情報を目にすることが多かったことも、理由の1つです。

――留学や大学院への進学は、看護師になってから意識し始めたのでしょうか?

五木田:いえ、看護学生の頃から大学院進学を意識していました。在学中、先生方には「大学院への進学を希望しています」と宣言していました。ただ、看護師としての臨床経験も積みたかったので、2年ほど看護師として働いてから進学しようと考えました。

その過程で分かったのは、修士課程を修了している看護師の方々の多くが国際的なフィールドで活躍されていることでした。逆に言うと、修士課程を修了していないと、国際的なフィールドで活躍しづらい現状があると思いました。

そのとき、自分の将来においてベストなのは、大学院でかつ海外の大学に進学することだと考えるようになり、留学を意識し始めました。Sasakawa看護フェロー海外留学プロラムを知ったのは、学生時代の恩師からの紹介です。

看護学生時代の仲間たちと校庭で危険撮影
看護学生時代の五木田さん(写真左上)。画像提供:五木田嵩

――数ある留学プログラムの中で、Sasakawa看護フェロー海外留学に決めた理由は何でしょうか?

五木田:アメリカの大学院に進学できるという点ですね。他の留学プログラムを調べてみると、イギリスへの留学が多かったのですが、私は北米の英語を学んできたので、アメリカ英語で学べる環境を望んでいました。また笹川保健財団からのサポートの厚さも、他の留学プログラムと比較しても魅力的でした。

多様性を重んじる社会から学んだ、個を尊重することの大切さ

――留学の前にフェローとして活動を行っていましたね。そこで学んだことはありますか?

五木田:ハンセン病のことについて学ぶ機会があったのですが、本当に多くのことを勉強させていただきました。フェロー活動が終了した後も、ハンセン病の学びは私の心の中に残っており、留学先で執筆した論文では、アメリカ国内でのハンセン病史をテーマに執筆しました。

また、フェロー活動期間中に深まった仲間との交流も学びにつながっています。実はアメリカに来てから、フェローとしてもともと交流があった留学仲間と、しばしばオンラインミーティングをしているんです。お互いに各留学先で控えているプレゼンテーションの内容を模擬発表して、率直な意見を交換しています。

その中には、私と同じ公衆衛生プログラムで研究している人がいるのですが、同じテーマでも細かい部分でトピックが異なっていたり、研究したい分野で内容が異なっていたりするので、新たな学びを得られてとても楽しいです。フェロー活動を経験していなければ、こうした学びにつながることはなかったでしょう。

――留学前からもいろいろな学びがあったのですね。留学先での生活が始まるまでは、どのように過ごしていましたか?

五木田:留学直前まで看護師として働いていました。働きながら行政手続きを行ったり、アメリカとの時差を考えながらタイムリーにいろいろな対応をしなければいけなかったり大変でした。夜中2時に一斉に申し込みが始まることもあったので、寝ているようで寝ていない時期はありましたね。

ただ、職場にはすでに「留学します!」と事前に伝えていたので「どれだけ大変でも、行くしかない!」という気持ちで取り組んでいました。いま思うと、その気持ちが原動力になっていたと思います。

五木田さんが留学しているニューヨークのコロンビア大学。画像:旅人/PIXTA

――そんな大変なこともありつつ、現在アメリカに留学されていますが、日本とアメリカを比べてみたとき、どのような違いを感じましたか?

五木田:まず生活面で大きく違うと感じたのは、多くの人が「人種の多様性」や「文化や考え方が異なっていること」を前提に暮らしていることです。

例えば、知り合った人に出身地を尋ねるとき、多くの人は私の顔を見てまず「アジア出身かな」と推測するはずです。当然、言語も日本で学んだ英語なので、アメリカで生まれて育った人からすると「アメリカ育ちではないだろう」と確信できると思うんです。

しかし彼らは、そういった人でも人種や見た目で判断せず、必ず「あなたはアメリカ出身?」と聞くんですね。これまでの私であれば、アジア人のような見た目をしている人には「アジア出身ですか?」と決めつけや配慮に欠けた聞き方をしていたこともありましたが、今回の留学で人種や見た目にとらわれず、個を尊重して人と関わることの大切さを知りました。

――そういった配慮は、公衆衛生の面においてもとても重要になるような気がします。

五木田:そうですね。先日、オーバードーズ(※1)の方を助けるための手順を習うハーム・リダクション(※2)のプログラムに参加したのですが、そこでは、違法性や薬物への依存度などを度外視して、その人を助けたいという思いに焦点が当たっていたんです。

正直なところ、オーバードーズ自体は法律を犯していますし、違法薬物や規制薬物を入手・使用しているわけですから、どうしても偏見の目で見て、過ちを責めてしまいたくなります。しかし、そのプログラムに取り組む人たちは「この人には、きっと何か複雑な理由があってオーバードーズになってしまったのだろう」という考えを大前提としており、一切責めることなく救いの手を差し伸べていました。1人の人間が薬物によって命の危機にさらされている状態をフラットな視点で救おうとしている姿を見て、とても感銘を受けました。

※1.医薬品等の決められた用量を守らずに過剰摂取 (過量服薬) すること

※2.使用を中止することが不可能/不本意である精神作用性のあるドラッグの使用に関連するダメージを減らすことを目的とした政策・プログラム・ 実践のこと

イメージ:机の上に散らばる錠剤
オーバードーズは、副作用による身体への悪影響が懸念されるだけでなく、薬物依存症も引き起こす可能性がある。
taa:旅人/PIXTA

五木田:実は、日本で看護師として働いていたとき、何度か生活保護を受けている方の看護を担当したことがありまして。以前はそういう方々を見ると、「本当は働けるのでは?」「働かずにどうしてここにいるんだろう?」といったように、その人の全てを肯定的には見られないことがあったんです。

ただ、今回の留学で多くのことをフラットに見られるようになり、経済的に苦しい人の看護にあたる際は「きっと個の力では変えることができない理由があるのだろう」と肯定的に受け入れられると思います。

コロンビア大学で共に学ぶ友人たちと五木田さん。画像提供:五木田嵩

無意識に健康予防行動がとれる仕組みをつくり、健康寿命と平均寿命の差を埋めたい

――留学生活が始まってしばらく経ちますが、 今後はどのようなことに取り組んでいきたいと考えていますか?

五木田:今は国内外関係なく、人々が無意識に健康予防行動を取れる仕組みをつくっていきたいですね。個人的な考えではありますが、日本の地域保健を長期的な目線でみたとき、今後重要になるのは一人ひとりの健康を予防的に守ることであるはずです。実際に日本は平均寿命が長く、世界有数の長寿国と言われていますが、健康寿命とは大きく差が開いているのが現状です。

要因の1つとして挙げられるのは、頭では健康維持のための運動の必要性を理解していても、行動に移せないことにあるでしょう。とはいっても、なかなかすぐに行動は変えられるものではないので、無意識に健康的な行動を取れるような仕組みをつくり、環境から変えていきたいと考えています。

ただ、いまは大学院の授業を受けて学びを深めることに必死なので、目前の目標としては、大学院での学びを自分なりに反映させて動いてみたいなと思っています。

――最後に。留学に興味はあるけれど、一歩踏み出せずにいる看護師に向けてエールをお願いします。

五木田:看護や公衆衛生分野における海外の大学院進学に興味があってもさまざまな不安があるかと思いますが、私は日本の看護学校や医療現場で学んだことや経験したことは、留学先でも十分通用するものだと確信しています。自分の持っている知識が海外に通用するのか、置いていかれてしまうのではないかと迷っている人は、ぜひ自信を持っていただきたいですね。

少しでも興味があるなら、まずは、自分がどのような分野に興味を持っているのか、看護分野の何に課題を感じているのか、自分の頭の中を整理することから始めてみてはいかがでしょうか。この記事を読んで、一人でも多くの看護師が留学の道を選択してもらえると嬉しいです。

編集後記

長寿大国の日本だからこそ、健康寿命や健康を維持するための行動がいかに大切かを実感した取材でした。海外で生活し、多様な価値観を身に着けるという、Sasakawa看護フェロープログラムの狙いどおりの留学生活を送る五木田さんの今後が楽しみです。

Sasakawa看護フェローは2025年3月3日まで新規フェローを募集中。くわしくはこちら