JP / EN

News 新着情報

世界中の痛みに苦しむ人を減らしたい。Sasakawa看護フェローが留学先で取り組む疼痛研究と、目指す未来

イリノイ大学シカゴ校の看護学博士課程に留学中の島田さん。画像提供:島田宗太郎

取材:ささへるジャーナル編集部

「疼痛(とうつう)」は、私たちに身体の不調を教えてくれるサインの1つですが、長く続くほどストレスへと変わり、不眠やうつ病といった日常生活に支障をきたす病気を引き起こす要因になります。

看護の現場においても、疼痛には積極的に介入した方がいいと考えられており、さまざまな手法で疼痛コントロールが行われています。

笹川保健財団は、「看護師が社会を変える」をポリシーに、これからの保健分野を支える新たなリーダーとして、グローバルな視点を持った看護職を支援するための海外留学奨学金制度「Sasakawa看護フェロープログラム」(別タブで開く)を実施しています。

看護師の島田宗太郎(しまだ・そうたろう)さんは、同プログラムに応募し、現在イリノイ大学シカゴ校(University of Illinois at Chicago)の看護学博士課程に留学。留学先では、「疼痛破局化(※)」に関する研究に携わっています。

※痛みの脅威を過大評価する認知過程のこと

今記事では、研究を通して島田さんが目指す未来について、お話を伺いました。

友人の死を機に、看護の道へ

――島田さんが看護師を目指そうと思ったきっかけはなんでしょうか?

島田さん(以下、敬称略):学生時代、大切な友人が亡くなったことがきっかけでした。それを機に命について考えることが多くなり、やがて命を救う仕事に就こうと決意しました。

最初は医学部を目指していましたが、病院のインターンで看護師が患者に寄り添って話しているところを見て、自分が目指したいのは、人との関わり合いの中で患者さんを癒すことだと気づき、看護師を志すことにしました。

――島田さんは看護の現場で経験を積んだ後、東京大学大学院に進んでいますよね。いつ頃から大学院への進学を意識し始めたのでしょうか?

島田:大学院を意識し始めたのは、大学2年生のときです。当時、看護研究のサークルに所属をしており、そこで若者を対象にしたアドバンス・ケア・プランニング(※)の研究に取り組んでいました。

次第に、「看護研究の分野も面白いかもしれない」と思うようになり、大学院への進学を決意しました。ただ、自分の中に臨床現場を少しでも知っておいたほうがいいという考えもあったので、一度、病棟で臨床経験を積むことにしました。

※人生の最終段階で受ける医療やケアについて、患者本人や家族と事前に話し合うこと

――留学を意識し始めたきっかけはなんだったのでしょう?

島田:学部時代の恩師から笹川保健財団が実施する「Sasakawa看護フェロープログラム」を紹介していただいたことがきっかけです。修士課程は日本の大学院で取ろうと決めていたので、博士課程を取れるようになったタイミングで志願しました。

当時はまだ、自分のキャリアについて決めきれていなかったのですが、海外のさまざまな文化や医療、制度のことを知ることによって、看護師としての将来の自分に生かせるのではないかという思いがありました。

――留学の準備は大変だったかと思います。不安はありましたか?

島田:「何事も自分でやらなければいけない」というプレッシャーは、常に感じていました。高校時代に一度、留学を経験しているものの、当時はホストファミリーや親にサポートしてもらったので、何かができなくても、周りが守ってくれる環境でした。

しかし今回は、全て自分で解決しないといけない環境に置かれますから、1つ1つ慎重に進めていったのを覚えています。

また、Sasakawa看護フェローとしての国内での活動(6カ月~3年間)にあまり参加できなかったことも、不安要素でした。フェロー期間で身につく知識は留学先で活かせると聞いていたので……。ただ、笹川保健財団の職員の方が柔軟に対応してくださったおかげで、オンラインで参加できた研修もありました。本当にお世話になったなと実感しています。

修士課程在籍中、国際学会発表に参加した島田さん。画像提供:島田宗太郎

――現在、島田さんはアメリカで生活をされていますよね。看護研究の面において共通点や違いは感じましたか?

島田:日本もアメリカも共通しているのは、医療において不利益を被っている患者の境遇に問題意識を抱えているという点です。

患者のために現状を良くしようと研究に励んでいる点については日本と変わりはありません。ただ、アメリカは多民族国家なので、日本よりも人種間の違いや遺伝子的な違いから生まれる健康問題に焦点が当たりやすく、その問題を改善するべく研究に取り組んでいる人が多い印象です。

島田さんが通うイリノイ大学シカゴ校。画像提供:島田宗太郎
食事を楽しむ島田さん(手前右)と留学先で出会った同級生たち。画像提供:島田宗太郎

痛みに苦しむ人を減らしたい。疼痛を研究するプロジェクトに参加

――さまざまな問題がある中で、島田さんはどのようなことを研究しているのでしょうか?

島田:いま進めているのが「疼痛破局化」の研究です。「疼痛」に着目した理由は、大学での臨床経験や自身の体験を通じてその重要性を強く感じたから。疼痛は、マズローの欲求段階説(※1)でいう「生理的欲求」に深く関わる要素であり、「人間が人間らしく生きる」ために欠かせないものです。そのためには、疼痛の緩和と管理は必要不可欠であり、博士課程ではこのテーマを研究の中心に据えることにしました。

一方で学術的な動機としては、疼痛がケアの最適化を考える上でとても興味深い特性を持っている点です。疼痛は単なる生物学的なダメージだけでなく、心理的・社会的要素が複雑に絡み合い、疼痛強度や疼痛関連障害といった症状に影響を与えます。

また年齢や性別、精神状態、社会的役割の満足感などによっても疼痛の経験が変化し、最適な介入方法も異なることが予想されます。例えばアメリカではオピオイド依存症(※2)が社会問題になったことなどから、薬を使わないマッサージや心理療法といった手段も積極的に疼痛管理に用いられていますが、これらの効果は対象者の疼痛に対する捉え方によって左右されます。例えば、人は痛みへの恐怖が強くなり過ぎると、痛みを避けようとする心理的な作用も強くなり、実際の痛みより強く感じてしまいます。

そういった、今後どの要素がどのような痛みに影響を与えるのか詳細に分かれば、疼痛に対する最適な治療やケアを提供できるのではないかと考え、この研究に取り組んでいます。

※ 1.アメリカの心理学者、アブラハム・マズローが提唱した、人間の欲求を5つの階層(生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現の欲求)に分類した理論

※ 2.鎮痛薬であるオピオイドの乱用による依存症のこと。アメリカの薬物過剰摂取による死者数は現在年間10万人以上。その75パーセント以上がオピオイドによるものと言われている

――具体的には、どのような研究内容でしょうか?

島田:現在は、疼痛患者の心理特性を主にした質問票を用いて、スコアが高い人には精神的な治療を中心に、スコアが低い人にはリハビリテーション的な治療を中心に行うなど、個々に合わせた治療法で費用対効果の高いケアを提供できる仕組みを作っています。

将来的には質問票だけでなく、表情や動作、声の解析を通じて個人の特徴を把握し、自動で適切な疼痛緩和プランを提示するツールを開発したいと考えています。こうしたツールが実現すれば、患者・医療者・社会にとって三方よしのシステムになるかもしれません。

――そもそも「疼痛破局化」の研究プロジェクトに参加しようと思ったきっかけはあるのでしょうか?

島田:祖母が寝たきりになってしまったときの経験が、研究プロジェクトへの参加を決意した大きなきっかけになっています。

祖母は自分で体が動かせなかったので、家族が体位交換をしていたのですが、触っただけで痛がっていました。その姿を見て、私自身すごく不安になりましたし、どうにかならないかという気持ちを抱いていたんです。

「あのとき、祖母が感じていた痛みと同じ痛みを感じている人を少しでも減らしたい」という思いもあり、研究テーマにしました。偶然にも、指導教員が疼痛に関する数多くの研究をしていた点も、要因になったと思います。

――留学前の経験が、いまの研究テーマになっているのですね。

島田:はい、疼痛は全人類が抱える共通の課題であり、研究成果を多くの対象に応用できる可能性があります。例えば「腰痛」はご高齢の方や、寝たきりの方で頻繁に見られる印象がありますが、世界的にも障害の主な原因となっており、発生する社会負担や生産性の低下は社会に大きな影響を与えています。

疼痛に関する研究は自身の興味のある在宅看護や老年看護などの枠を超えてさまざまな分野に応用できます。医療を通してより良い社会に寄与したいと考えたときに、自分の中で最も良いトピックだと考えました。

いずれは、研究と行政のかけ橋になるような存在に

――留学生活が始まってしばらく経ちますが、留学後のキャリアについてはどのように考えていますか?

島田:私が目指すゴールは、日本中が、可能であれば世界中が、限られた社会資源の中で最大限痛みに苦しむことなく、自分らしく生きることができる環境の実現です。目標の達成のため、将来は看護学を軸足として政策や制度作りにも貢献したいと思っています。

具体的には、卒業後は博士課程で培った科学的思考力やプロジェクト遂行能力を用いて大学やシンクタンクなどで研究経験を積みながら最新の知見を臨床に還元する活動に寄与していきたい。

もっと正直に言えば、自分の研究テーマや興味に縛られることなく、けれども自分の目標を忘れずに社会に求められているヘルスケアの形を、より高品質かつ効果的に実装することが重要だと考えています。

――政策や制度作りの話も出ましたが、政治にも関心をお持ちなのですか?

島田:はい、最初に政治について興味を持ったのは、大学3年生の時でした。NPO法人へき地保健師協会(外部リンク)の方の支援で、島根県の知夫村(ちぶむら)という人口500人ほどの地で、保健師の活動を見学させていただいたんです。そこで現地の人や保健師の方からお話を聞く中で、行政や自治体が適切で平等な医療の提供を行う上で与える影響の大きさを学びました。

ただ、私の当面の目標は大学院を卒業して無事に留学を終えることですし、研究者としてもまだまだ力不足なので、もっと看護の研究に努めたいです。将来的には臨床、研究、政策のかけ橋になるような存在になれたら嬉しいですね。

島根県・知夫村における保健師の活動見学に参加した時の仲間と共に。
上段右側が島田さん。画像提供:島田宗太郎
島根県・知夫村では、地元の人たちとも交流した。画像提供:島田宗太郎

――とても素敵な視点ですね。では最後に、留学に興味はあるけれど、一歩踏み出せずにいる看護師の皆さんに向けてエールをお願いします。

島田:言語や生活環境が新しくなり、新しい人に会ってインスピレーションをもらうことで、自分の視野が広げられる点が、留学の魅力です。

もちろん大変なことはありますが、その度に私が思い出すのは、「Sasakawa看護フェロープログラム」を紹介してくださった先生からいただいた「将来を予想して、知識や経験をつなぎ合わせることはできない。後々の人生で振り返ったときにしかつなぐことはできない。今やっていることが、将来自分の役に立つと信じて取り組みなさい」という言葉です。

もしいま、この記事を読んだ人の中に留学に挑戦してみたいという気持ちがあるのなら、きっとそのときに踏み出した一歩が、今後の人生の役に立つはずです。まずは自分の好奇心を信じて、説明会だけでも参加してみてはいかがでしょうか。

編集後記

看護師が、大学院留学の奨学金支援を受けて海外で多様な価値観を習得する。島田さんは、まさにその最中であり、今後もより多くの価値観に触れて看護師として大きな成長を遂げることでしょう。ささへるジャーナルでは、今後もさまざまな分野で学ぶ看護フェローをご紹介していきます。

Sasakawa看護フェローは2025年3月3日まで新規フェローを募集中。くわしくはこちら

ささへるジャーナル記事一覧(別タブで開く)