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医療資源やスタッフが不足しがちな離島。医療的ケア児と家族を看護る看護師の挑戦

長崎県の福江島に事業所を構える在宅看護センター「だんわ」の皆さん

取材:ささへるジャーナル編集部

日常的に、たんの吸引や、鼻のチューブからの栄養注入、人工呼吸器といった医療的ケアが必要な子ども(以下:医療的ケア児)の多くは、医療資源が整った地域で、訪問看護や介護など在宅ケアを受けながら暮らしています。

しかし、中には僻地や離島で暮らしている医療的ケア児もいます。医師や病院が少ない地域で医療的ケア児とその家族が暮らすためには、医療面を中心としたさまざまな課題を乗り越えなければいけません。

そんな離島で暮らす医療的ケア児とその家族に寄り添い、暮らしを支えている事業所のひとつに日本財団在宅看護センター「だんわ」の看護師の皆さんがいます。「だんわ」では、2024年から長崎県・五島列島の玄関口である福江島(ふくえじま)に帰島した医療的ケア児の訪問看護を行っています。

長崎から福江島までは高速船で1時間25分かかる

代表の貞方初美(さだかた・はつみ)さんは、地域の健康を守ることを目的に笹川保健財団が実施する「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」(別タブで開く)の研修を受けた看護師の一人です。

今回は、医療資源が少ない地域で医療的ケア児を育てる家族が抱える問題や、離島での暮らしの現状、医療的ケア児がとその家族が住み慣れた地で暮らせる社会づくりに必要な取り組みについて、貞方さんにお話を伺いました。

福江島で暮らす医療的ケアを必要とする北川朝陽くんと、在宅看護センター「だんわ」の代表を務める貞方さん。画像提供:貞方初美

「談話」と「暖和」。在宅看護センターの名前に込められた思い

――はじめに、貞方さんが在宅看護センターを立ち上げるまでの経緯について教えてください。

貞方さん(以下、敬称略):もともと私は生まれが長崎県五島市でしたが、高校卒業後に関西の看護専門学校に進学し、そのまま関西の病院に勤めていました。

患者さんと関わる中で、看護師としてのやりがいを感じる一方、家に帰りたいけれど、退院後の生活に不安がある人への支援にも関心が出てきました。次第にどのような病を抱えた人でも、自身が住み慣れた家で穏やかに過ごせるような環境をつくりたい、またその環境を私が生まれ育った五島列島で実現したいという思いが強くなっていた頃、「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」に出会ったんです。

管理者や経営者としての知識がない私にとって、在宅看護センターの開業はとてもハードルが高いように感じましたが、8カ月間の研修のおかげで、2020年に在宅看護センター「だんわ」を開業することができました。

在宅看護センターがある長崎県の福江島。青い海と豊かな自然に恵まれた美しい島だ

――五島に帰られてみていかがですか?

貞方:海がきれいで自然豊かな環境はやはり落ち着きます。利用者の自宅には車で移動するのですが、リゾート地にあるような海を横目に走れるのは離島の特権ではないでしょうか。五島で獲れる海の幸も抜群に美味しく、自然が好きな人にはおすすめの島です。

――「だんわ」という名前には、どのような思いが込められているのでしょうか?

貞方:「だんわ」には「談話」と「暖和」の2つの意味があります。この言葉が生まれたのは、緩和ケア認定看護師として病院で働いていたときです。

当時、進行がん(※)を患っていた患者さんと生活のしやすさや大切にしていることなどを語っていたのですが、ある時患者さんから「だんわケアっていいですね」と言っていただいたんです。患者さんが亡くなり、葬儀の後、ご家族からも「だんわケアがあったから、頑張れました」と言っていただきました。「語る」ことが患者さんやご家族の苦痛を緩和でき「だんわ」なイメージになっていたのだと知り、私自身が暖かな気持ちになったことを今も大切にしています。

それ以降、これまで以上にひとり一人の希望を大切にするための手段を、語りながら一緒に考えていきたいと強く思うようになり、在宅看護センターの名前にも「だんわ」を用いました。

※がんが大きくなっていたり、できた場所から広がっている、治りにくいがんで、ステージ4のがんを指すことが多い

――現在、医療資源が少ない地域で医療的ケア児を育てるにあたり、そのご家族はどのような問題を抱えていますか?

貞方: 福江島においては、小児科医がほとんどいない点が大きいと思います。今は島の総合病院に小児科医が2名常勤していますが、応援のドクターも島外から来ています。クリニックや診療所に相談する以上に連絡するタイミングが難しく、些細な相談がしづらいというのが現状ですね。医療的ケア児を育てるご家族にとっては、それが大きな不安になるのではないかと考えます。

貞方:また離島なので、お子さんが大きな病気にかかってしまっても島外の病院にすぐ行けるわけではありません。だからこそ普段から体調管理や変化には気を配らなければいけません。

――そういう意味では、「だんわ」の定期的な訪問は、ご家族にとって心強いですね。貞方さんが医療的ケア児とご家族の負担を軽減させるために取り組んでいることはありますか?

貞方:患者さんのお宅には、2つの事業所が別々の日に訪問しています。ふたつの事業所が関わることで、より細やかな支援が提供できるようになりました。「だんわ」ともう1つの事業所の間にご自宅があるので、何かあったときはすぐ駆け付けられるようになっています。

「だんわ」にとって、医療的ケア児を受け入れるのは初めての試みだったので、経験豊富なもう一つの事業所と連携できていることが、とても心強いです。

――医療的ケア児を受け入れるケースは初めてだったのですね。不安はありませんでしたか?

貞方:もちろん不安はありました。スタッフとも「本当に自分たちで医療的ケア児を看護できるのか」と、何度も話し合いました。ただ、ご両親は、医療的知識も技術もない状態で我が子のために頑張っていますから、私たちが「できない」と言うのではなく、ご両親とともに生活を支えられる一員を目指そうとの結論にいたりました。

とはいえ、お子さんが帰島してから準備するのでは遅いため、ご家族の協力を得て、お子さんが帰島する前からもう一つの事業所と、だんわのスタッフ全員で家に訪問し、相談をしながらケアを行うためのベストな環境をイメージし整えていきました。

訪問先でケアを行う在宅看護センター「だんわ」の男性看護師

――医療資源が少ない島だからこそ、時間をかけてご家族と一緒に看護していくことが大事なんですね。

貞方:そうですね。在宅看護センターと病院における看護の違いは、医療的ケア児やご家族の生活の流れを振り返られる点にあると思っています。

病院の場合、相談したいことがあっても長時間かけてゆっくり話すことは難しい……。

一方で、訪問看護は比較的長い時間を確保できますし、生活の流れを把握した上でケアに関われます。ご家族も安心してゆっくり相談できると思うので、これからも小まめに振り返りと改善をしながら訪問していきたいですね。

日中、預けられる場所が島内にあれば——医療的ケア児の家族が抱く思い

今回、福江島で暮らす、医療的ケアを必要とする北川朝陽(きたがわ・あさひ)くんと朝陽くんのお母さんにもお話を伺いました。朝陽くんは生まれてすぐ入院生活が始まり、2歳と8カ月を迎えた頃に福江島へ帰島しました。

――帰島してからしばらく経ちますが、いろいろなことがあったかと思います。

北川さん:そうですね、貞方さんも言っていたように、常に子どもの体調に気を張って生活しないといけないという点では大変なことは多いです。

最近は、子どもも成長と共に行動が活発になってきて、自分の体に装着しているものを外せるようになってきました。もちろん、元気で活発なことはとても嬉しいです。ただ目の届かないところで医療器具を外されてしまうと命に関わるので、より気配りが必要になってきました。

取材に協力していただいた朝陽くん。お兄ちゃんと父親の4人で暮らしている。画像提供:貞方初美

――気が休まる時間がないのは大変ですね。レスパイト対応(※)などは活用されているのでしょうか?

北川さん:活用することはありますが、島内にレスパイト入院まで対応できる病院がないので、入院を希望する場合は、島から5時間半以上離れた島外の病院まで行く必要があります。

また、数時間単位の一時的なレスパイトは五島市から助成金が出ますが、泊まりのレスパイトは助成金が出ないので、1回につき自費で7万円ほどかかっているのが現状です。移動時間や金銭的な負担を考えると、レスパイトは気軽に活用しにくいですね。

ただ、それでも福江島で暮らし続けたいと思うのは、「だんわ」の皆さん、もう1つの事業所の方々が小まめに訪問してくれるから。私にとってはなくてはならない存在ですし、医療的ケアや子育ての不安だけでなく、私や家族の健康面にも気を配ってくださるので、不安も少なく暮らせています。

信頼できる人が周りにいるからこそ、家族全員、島で元気に暮らせているのだなと実感しています。

※介護や医療を受けている本人や家族、介護者が一時的に休息や息抜きを取れるサービスや入院のこと

――今後も続く島での生活。こうなると嬉しいなと思うことはありますか?

北川さん:島内に、医療的ケア児が預けられる施設があると嬉しいですね。いま、私は仕事ができていない状態なのですが、日中預けられる場所ができれば、パートタイムだけでも働けるようになりますし、経済的にも負担が軽減できると思っています。

あとは身近にお話できる家族会みたいなのができるといいですね。いま、SNSを使って同じような境遇のご家族とやり取りはしていますけど、実際に会って話した方が心も楽になるかもしれません。

「やってみよう」と思い、行動することが大切

――再び貞方さんに伺います。医療的ケア児とご家族への負担を軽減させるための施策として、今後取り組もうとしていることはありますか?

貞方:朝陽くんのお母さんもおっしゃっていたように、関連事業所以外にご家族が気軽に相談できるところが必要だと思っています。医療的ケアについて相談するというよりも、井戸端会議のようにちょっとした生活の悩みや他愛のない話ができる場所がつくれるといいですね。

何度か医療的ケア児や子どもが集まれる機会が設けられないか模索しているものの、実現に向けてはまだ動き出せていない状態です。

とはいえ、「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」で知り合った先輩看護師さんの中には、呼吸器を付けた医療的ケア児とご家族の皆さんを集めて水族館へ遊びに行ったことがある人もいるので、実現は不可能ではないと思っています。まずはそういう取り組みに携わってみたいと思う看護師さんを集めることから始めていきたいと思っています。

――素敵な取り組みですね。「やってみよう」という考えは、社会全体で医療的ケア児とご家族が抱える問題を改善していくためには必要ですね。

貞方:その通りだと思います。やはり「前例がないからできません」という姿勢では、何事も改善されないでしょう。医療的ケア児のご家族は、今まで経験したことがなく不安なことも乗り越えながら育てているわけですから、支援する側も「自分たちも頑張って取り組める方法はないか探してみよう」と思ってもらえると、少しずつ良い環境になっていくのではないでしょうか。

――――最後に。この記事を読んで医療資源が少ない地域の問題改善のために、何かしたいと思う看護師の方も出てくると思います。その方々が最初にできることは何でしょうか?

貞方:まずはできるだけの情報を集めて、医療資源が少ない地域で暮らす医療的ケア児と家族が抱える問題について掘り下げてみてはいかがでしょうか。

その過程では、看護の力だけでは解決が難しい問題にもぶち当たるかもしれません。ただそこで諦めるのではなく、その問題に対してどんなことが可能か考えてみてほしいですね。実際にその地域の事業所に問い合わせて話を聞いてみる、何かできることはないか聞いてみるなど、積極的に行動に移してみてもいいかもしれません。

在宅看護センター「だんわ」がある福江島も、まだまだ課題が多いのが現状です。ただその課題は、言い換えれば改善の可能性や魅力が大いにあるということでもあります。

一見ネガティブに感じることもポジティブに変換して、「これならできるかもしれない、やってみよう」と思える仲間に出会いたいと思っているので、在宅看護はもちろん、誰もが暮らしやすい社会をつくっていきたいと考えている方がいらっしゃったら、ぜひ一緒に改善策を考えていきましょう!

編集後記

全国の日本財団在宅看護センターからは、「看護師が社会を変える」をモットーに、看護師が地域社会とつながっている例が多く報告されています。

医療的ケア児とご家族が抱える問題解決のために「やってみること」を大事にする貞方さんら「だんわ」の方々の前向きな姿勢に、心打たれた取材となりました。

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