JP / EN

News 新着情報

偏見・差別のない世界を目指す「グローバル・アピール」。20回目はハンセン病患者最多国インドから発信

取材:ささへるジャーナル編集部

2025年1月30日にインド・オディシャ州ブバネーシュワルで開催された「グローバル・アピール2025」の様子

あなたはハンセン病を知っていますか? もし知っているとしたらどんなイメージを持っていますか?

ハンセン病はらい菌によって皮膚と神経が侵される感染症で、症状が悪化すると顔面や手足の神経まひ、体の変形などをきたします。かつては「不治の病」とされ、世界各地で隔離政策がとられてきましたが、いまでは薬による治療法が確立された治る病気になりました。

ハンセン病の原因となるらい菌は発症させる力が弱く、菌が体の中に入っても多くの場合は免疫機能により発症することはありません。にもかかわらず、隔離政策によって「恐ろしい感染力を持つ病気」というイメージが助長され、身体の変形という見た目も相まって、まちの人に遠ざけられたり、仕事に就けなかったり、あるいは家族や親族にまで見放されたり……。地域によっては神罰や呪いとさえ考える人もいます。

そのような状況を打破するべく、2006年、WHOハンセン病制圧大使である日本財団・笹川陽平(ささかわ・ようへい)会長は、インド・デリーで「ハンセン病回復者に対する偏見と差別をなくすためのグローバル・アピール」を開催。以来、毎年1月の「世界ハンセン病の日」に合わせ、啓発の裾野を広げるため、世界的に影響力のある団体・個人をパートナーに迎え、グローバル・アピールを発信し続けています。

そして、記念すべき20回目を迎える「グローバル・アピール2025」の開催地は、世界の患者数の6割近く(10万人強)を占めるハンセン病患者最多国であるインド。南東部にあるオディシャ州ブバネーシュワルにて、世界55カ国の保健省からの賛同を得たうえで、1月30日に行われました。この日はマハトマ・ガンジーの命日にあたり、インドでは「インドハンセン病の日」とされています。

感染への過度な恐れ、見えない障害への理解不足——ハンセン病当事者の声

まずは、「グローバル・アピール」の開催に伴い事前に行われた、オディシャ州で暮らすハンセン病当事者2名のインタビューの模様をお届けします。

シャーム・スンダル・パトラ氏は、14歳の時にハンセン病を発症。家族の元を離れざるを得ず、最終的に州都ブバネーシュワルのコロニーにたどり着き、約50年間暮らしています。インドには、全国に約750のハンセン病コロニーが存在しており、今もパトラ氏のように治療薬が普及する前に隔離されたハンセン病回復者が居住しています。一方で、現在はハンセン病に罹患しても、患者はコロニーに隔離されることはほとんどなく、外来治療を受けることができます。

ビマラ・カジュール修道女は、イエス・マリアの聖心修道会に所属する宗教者であり、ソーシャルワーカー。彼女は2023年にハンセン病と診断され、1年間の多剤併用療法(MDT)を完了したばかりです。

左からシャーム・スンダル・パトラ氏、ビマラ・カジュール修道女

感染への恐れ

ビマラ・カジュール修道女がハンセン病の診断を受けたとき、インドでは新型コロナウイルス感染症対策のキャンペーンが行われている最中で、自分がさらなる感染源になり得ることを恐れ、自主的に隔離生活を送りました。

しかし、病気について学び、MDT治療(※)を終えるにつれ、自分が他者に感染させる心配がないことを確信。人々に「私は一緒にいても大丈夫、抱きしめ合うことも、食事を共にすることもできる」と伝えました。しかし、それでも感染を恐れる人は多く、一部の会合やプログラムへの参加を禁じられたことも。

※ハンセン病の治療に用いられる多剤併用療法のこと

彼女は、病気の進行段階や具体的な対応策が明記された公式な証明書があれば、自分自身も周囲の人々も安心して過ごせるのではないかと考えています。

コミュニティの維持への願い

シャーム・スンダル・パトラ氏がハンセン病と診断された際、家族全員が地域社会から排除されました。彼は、家族を守るために家を離れざるを得ませんでした。

最初は物乞いをして生計を立てていましたが、ある司祭の助言に従い、500ルピーの支援を受けて商売を開始。コロニー(※)内に食料品店を開き、結婚し、5人の子どもを育て上げました。現在、すべての子どもが結婚し、4人の息子たちはコロニーで暮らしながら、外へ働きに出ています。

※ハンセン病を発病し地域や家族から追い出された患者や元患者らが定住して形成されたコミュニティ。多くの場合、住民は自発的に定住したため、土地権を有していない

ハンセン病の治療を終えた当事者は社会に復帰すべきであり、コロニーは解体されるべき、という意見もあります。ですが、パトラ氏はすでに形成されているコミュニティを壊すのではなく、周辺のコミュニティとの統合を進めるべきと考えています。

そのためには、政府が住民の土地権を法的に認めることが不可欠です。そうすることで、コロニーのインフラ整備やサービスの改善に向けた取り組みが活発化するであろうと考えています。

目に見える障害にのみに支援が集中することの弊害

2021年、オディシャ州政府は、治療完了後2カ月以内に、40パーセント以上の障害が認められる回復者を対象に住宅地を提供し、耐久性のある住宅とトイレを建設する政策を決定しました。ですが、この政策はハンセン病当事者の一部には有効ですが、以前治癒した人々や、目に見える障害がない人々には適用されません。

パトラ氏によれば、障害の程度によって受け取れる年金額も異なるといいます。支援の対象となる当事者をどう選定するのかということも重要な課題といえます。

オディシャ州におけるハンセン病当事者の状況は、過去と比べれば薬による治療が可能になったことや、公立病院で治療が受けられるようになったことにより改善していますが、らい反応(※)や合併症に対しての専門知識や治療法が失われつつあることが問題として残っています。

感染への過度な恐れがある一方で、ハンセン病による身体的・精神的な影響が目に見えない形で長く続くことへの理解が十分ではないのが現状です。

※ハンセン病の治療中や治療後に、体内で死んだらい菌に体内の免疫システムが反応し、アレルギー反応の一種である急激な炎症を起こすことがある

偏見・差別撤廃に向けて——「グローバル・アピール2025」レポート

「グローバル・アピール2025」の式典には、インド各地のハンセン病当事者、オディッシャ州保健省の担当官や専門家、支援者ら150人余りが参加。今なお続くハンセン病に関連する偏見と差別の問題に光を当てながら、55カ国の保健省によって支持された「グローバル・アピール2025」の宣言文の朗読が行われました。

「グローバル・アピール2025」宣言文は、3人の高校生によって読み上げられた
グローバル・アピール2025 宣言文

ハンセン病患者・回復者への偏見と差別撤廃に向けて

2025年1月30日

ハンセン病はらい菌によって引き起こされる、感染⼒の弱い感染症です。

古代から⼈類に知られ、不治の病と恐れられていた何世紀もの時代を経て、現代では治療法が確⽴され、早期発⾒・早期治療を⾏えば障害を残さずに治癒することができます。

それにもかかわらず、古い固定観念や迷信に基づいた根深い偏⾒や差別に、いまだに多くのハンセン病患者・回復者とその家族までもが苦しめられています。

社会から拒絶されることへの恐れにより、⼈々はハンセン病の診断を受けることを躊躇い、隠れた患者が多いのも現実です。

ハンセン病は単なる医療問題ではなく、社会的な課題です。

偏⾒と差別は、病気を根絶するための努⼒を妨げ、当事者の基本的⼈権を侵害しています。

保健省として、すべての国⺠の健康と福祉を守ることは私たちの使命です。これには、ハンセン病当事者が差別を恐れることなく必要な医療サービスを受けられるようにすることが含まれます。

私たちは、ハンセン病とそれにまつわる偏⾒・差別をゼロにすることに全⼒を尽くします。

我々は世界的な⽬標である「Towards Zero Leprosy」に賛同し、2030 年までにハンセン病の感染を⽌めることに尽⼒することを誓います。

早期発⾒・早期治療を強化し、病気に関する誤解を払拭するための活動を推進します。

今こそ、誰⼀⼈取り残すことのないよう、ハンセン病ゼロに向けた⾏動を起こす時です。

インド中央政府の保健・家族福祉大臣を含む、出席が叶わなかった要人らは、書面またはビデオメッセージを寄せました。また、オディシャ州からは5名のハンセン病当事者が、啓発活動への貢献を評価され、「チャンピオン(※)」として表彰されました

※ハンセン病の経験者である「チャンピオン」は、同じ立場の人々に寄り添い、仲間同士の支え合いや交流を促進する役割を担っている。自身の経験を生かして他者を見守り、支援を行うとともに、偏見や差別の解消に向けて発言するなど、人々に勇気を与えるロールモデルとも言える存在である

専門家、当事者、支援者それぞれの視点から語るハンセン病問題

オディシャ州保健省(ハンセン病担当)次長のクシェトラ・モハン・カンド博士の報告によると、オディシャ州の1万人当たりの有病率は、インド全国平均の0.60人を大きく上回る1.48人。「ハンセン病対策の最前線」とも言えるこの地から「すべての人が差別を恐れず医療を受けられる社会を目指し、2030年までにハンセン病ゼロ達成を目指す」という宣言文を発信できたことは、大きな意義があります。

クシェトラ・モハン・カンド博士

続いて、WHO南東アジア地域事務局長のサイマ・ワゼッド氏はビデオメッセージを通して、ハンセン病がもたらす世界的な課題について、現状の深刻さをこう話します。

「過去40年間で大きな進展があったものの、毎年約20万人が新たに発症しており、その95パーセント以上が23カ国に集中しています。小児の患者の存在が示すように、地域社会での感染は今も続いています」(ワゼッド氏)

サイマ・ワゼッド氏

それに対し、国連ハンセン病差別撤廃特別報告者のベアトリス・ミランダ=ガラルザ博士は、治療薬MDTの供給の遅れが、健康格差の拡大や人権侵害につながっていると警鐘を鳴らします。

「物流の問題、官僚的な非効率性、資金の不安定さが原因で、適切な治療へのアクセスが遅れることは、当事者とその家族に深刻な影響を与え、健康格差を悪化させるだけでなく、基本的人権を侵害することになります」(ガラルザ博士)

ベアトリス・ミランダ=ガラルザ博士

ハンセン病問題の当事者として、インド西部マハーラーシュトラ州出身のインドハンセン病当事者団体APAL代表のマヤ・ラナヴァレ氏は、自身の両親もハンセン病に罹患していたことを明かし、偏見・差別の払拭と「早期の医療機関への受診」を促す必要性を訴えかけます。

「ハンセン病の偏見は、社会的地位、雇用機会、教育、結婚、基本的な生活のあらゆる面に影響を及ぼします。早期発見と治療の重要性に対する認識不足が最大の障壁の一つ。地域のリーダーや伝統的な呪術師、元患者を巻き込みながら、ハンセン病が治療可能であり、呪いや罰ではないことを広めることが重要だと考えます」(ラナヴァレ氏)

マヤ・ラナヴァレ氏

そして、インド中央政府の保健・家族福祉大臣ジャガト・プラカシュ・ナッダ氏のメッセージも会場で朗読されました。

「ハンセン病は早期に治療すれば、患者は健康な生活を送ることができます。ですが、治療が遅れると障害につながる可能性も……。ハンセン病は単なる健康問題ではなく、社会問題です。偏見と差別は病気の排除に向けた進展を妨げ、当事者の権利を侵害するのです」(ナッダ氏)

オディシャ州公衆衛生局長のニラカンタ・ミシュラ博士も、偏見と差別が「患者の早期診断と治療を妨げる二大要因」であると指摘します。

「偏見を恐れるあまり、多くの患者が病気を隠そうとします。ゆえに偏見を取り除き、差別をなくすことで、患者が安心して治療を受けられる環境を整えることが不可欠なのです」(ミシュラ博士)

ニラカンタ・ミシュラ博士

冒頭で、オディシャ州から「グローバル・アピール」を発信する意義を述べたカンド博士は、ハンセン病対策のために講じた施策についても説明します。

「オディシャ州ではハンセン病を『報告義務のある疾病』と定め、民間の医療機関にも患者を地方の公衆衛生局へ紹介する義務を課しています。また、毎週月曜日を『ハンセン病の日』と定め、患者が定期的に医療サービスを受けられるようにしました」

専門家、当事者、政治家それぞれの視点を通して語られたオディシャ州を中心とするハンセン病問題に対する取り組みや課題。病の根絶はもちろん、偏見・差別の撤廃に向けた熱い思いが、会場を包み込みました。

ステージ上で横一列になって椅子に座る登壇者のみなさん
「グローバル・アピール2025」式典の様子

病も、偏見も、差別も力を合わせればきっと撲滅できる

式典はいよいよクライマックスへ。オディシャ州のムケシュ・マハリン保健・家族福祉大臣は、州政府を代表して閉会の辞を述べ、「笹川ハンセン病イニシアチブに感謝し、我々はハンセン病の撲滅に向けた取り組みを続ける決意です」と声を大きくします。

WHOハンセン病制圧大使の日本財団・笹川陽平会長は、インドのナレンドラ・モディ首相が掲げる「2030年までにハンセン病をなくす」という目標に言及し、「力を合わせれば、ハンセン病のない世界は夢ではない。共に努力すれば実現できる!」と声を会場全体に響かせました。

WHOハンセン病制圧大使である日本財団・笹川陽平会長

最後に、笹川保健財団の南里隆宏(なんり・たかひろ)理事長は、「グローバル・アピール20年の歴史の中で、ハンセン病の蔓延地域で開催されたのは今回が初めてです。スティグマと差別がなくなるその日まで、グローバル・アピールを発信し続けます」と力強く誓い、20回目となる式典は幕を閉じました。

笹川保健財団の南里隆宏理事長

ささへるジャーナル記事一覧(別タブで開く)