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みんなが自分の健康を考え、自分らしい生き方を選べる社会に——Sasakawa看護フェローが向き合う「思春期における性と生殖に関する健康」

Sasakawa看護フェローとして、現在留学中の富増由菜さん

取材:ささへるジャーナル編集部

日本では1992年を「性教育元年」と呼ぶことがあります。この年から学習指導領域に性に関することが取り入れられ、小・中学校では性教育に使用する授業書なども発行されました。

しかし、「性」をタブー視する国民性・文化や、学習指導要領改訂で盛り込まれた「はどめ規定(※)」などの存在により、日本の性教育は、国際的に見て遅れた状況が続いていると指摘されています。

※はどめ規定=1998年度の学習指導要領改訂で盛り込まれた、小学校理科(受精に至る過程)・中学校保健体育(妊娠の経過)で「扱わないものとする」とされた記述の通称

こうした課題に対して行動を起こそうと、富増由菜(とみます・ゆな)さんは、「Sasakawa看護フェロープログラム」(別タブで開く)に参加。同プログラムは、「看護師が社会を変える」を掲げる笹川保健財団が、これからの保健分野を支える新たなリーダーとして、グローバルな視点を持った看護師を輩出するために展開している海外奨学金制度です。

富増さんは2024年度からカリフォルニア大学バークレー校公衆衛生大学院「母子・青少年保健センター」の修士プログラムに在籍し、「思春期における性と生殖に関する健康」をテーマに学んでいます。学びの先に、日本の未来や自身の将来像をどう描いているのか、富増さんにお話を伺いました。

一助産師としてではなく、社会の課題として“性”と向き合う

――富増さんが、現在学ばれている「思春期における性と生殖に関する健康」に関心をもったきっかけは何だったのでしょうか。

富増さん(以下、敬省略):最初はドラマの影響で助産師に憧れました。大学は、看護師と助産師の両方の資格を取得できるところへ進学。大学で特に興味を惹かれたのが、母子保健カリキュラムです。女性のライフサイクル全般(性・生殖・妊娠期~産褥期)の健康支援を学ぶ機会があり、助産師としての仕事への魅力も高まっていきました。

一方で、「性と生殖に関する健康」の分野にも出合い、女性の健康を支える上で欠かせないテーマとして関心を寄せていました。その後、病院で助産師として働き始め、妊娠期や産後間もない方と関わる中で、「もっと早く性に関する知識や有益な情報を得ていれば、違うライフプランの選択肢もあったかも」という想いを聞く機会がたくさんあったんです。

ただ、病院という施設の一助産師として関われる範囲には限界があります。より早い段階から患者の想いに介入できる場が必要ではないか――次第に、そう考えるようになりました。

病院で助産師として働いていた時の富増さん(前列右)。同僚と共に

――その課題に対して、具体的に何か行動を起こしたのですか?

富増:性教育や、性の健康・権利などについて積極的に取り組んでいる団体でボランティアをしてみたいと思い、NPO法人ピルコンの活動に参加。緊急避妊薬のOTC化(※)に関するプロジェクトや、「ユースヘルスケアアクション」といって、若者が必要なケアにアクセスできる体制づくりなどに取り組みました。

その中で強く感じたのは、思いがけない妊娠を経験した人へのケアが十分とは言えない現実です。医療従事者の不用意な言葉に傷ついたり、周囲に頼れる人がいないまま孤立してしまったりするケースも少なくありません。

同時に、私自身もそうした人たちへの理解や価値観が十分ではなかったことに気づかされました。だからこそもっと深く、できれば多様性やジェンダーについても体系的に学びたいと考え、海外への留学を選択しました。

※「OTC(Over The Counter)化」とは、現在は処方箋が必要な医療用医薬品を、薬局やドラッグストアで処方箋なしで買えるOTC医薬品に転用すること。2025年8月、緊急避妊薬のOTC化が厚生労働省の専門家会議で了承された

助産師を志したきっかけや、「思春期における性と生殖に関する健康」に関心を持った経緯について話すと富増さん

看護学にとどまらない学びとフェロー同士の交流が強み

――他にも奨学金制度がある中で、Sasakawa看護フェロープログラムに申し込んだのはなぜですか?

富増:一番は、看護学に限定せず広く他分野も学べる機会が得られそうだったことです。あとは、提供される多彩なプログラムを通じて、これまで触れてこなかった在宅医療や地域医療に関しても学べるチャンスがあるのが決め手でした。

――印象に残っている講義やプログラムはありますか。

富増:1つは在宅医療の講義です。今までは“在宅医療=高齢者”というイメージでしたが、医療的ケア児やジェンダーの視点を取り入れて活動されている方がいると知り、在宅医療に対する見方が大きく変わりましたね。

その他、妊娠SOS相談(※)の講義で、妊産婦への支援や性教育などに関する日本の現状を再度認識できたのも良かったです。

また、初めて参加した宿泊研修「熊本フィールド視察研修」(別タブで開く)では、水俣市立水俣病資料館や国立ハンセン病療養所などを訪れました。新型コロナウイルスもそうですが、偏見や差別、社会的排除を伴う人権に関わる出来事に向き合うには、医療の知識だけでは不十分ではないかと。公衆衛生の視点を含め、より広い概念を持つことで初めて状況を正しく判断できるのではという想いが一層強くなりました。

※「妊娠SOS相談」とは、予期せぬ妊娠をした女性や家族などが匿名で相談できる取り組み

――宿泊研修ということで、一緒に参加したフェローの方々と親交が深まったのでは?

富増:そうですね。研修を終えた夜は、みんなで集まって留学先への出願書類を見せ合い、かなり熱のこもった意見交換をした記憶があります(笑)。みなさんとは留学した今でもよく連絡を取り合っていて、授業の内容はもちろん、海外生活で困っていることを共有したりもします。

また、近くにはUCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)に在籍しているフェローもいらっしゃるので、一緒に食事をすることもありますね。不安を感じることも多い海外留学で、こうした仲間の存在はとても大きいです。

熊本フィールド視察研修で訪れた国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」入所者自治会にて、故・志村自治会長(2023年当時、前列右端)と太田副会長(当時、後列右から2人目)と共に。後列右から3人目が富増さん
熊本フィールド視察研修の修了後には、宿泊するホテルのロビーで参加者による反省会も行われた。左列の手前が富増さん

専門性を磨きながら、分野横断のつながりで研究を深める

――現在、留学先では具体的にどのようなことを学んでいるのですか。

富増:カリフォルニア大学バークレー校はMaternal, Child, and Adolescent Health (MCAH)プログラムとして母子・小児・青年期の健康課題を包括的に学べる数少ない大学です。他学部と連携し、独自性の高い大規模な研究もたくさん進められているのが魅力的で、留学を決めました。

少人数教育で、困ったときにすぐ教授に相談できる、理想的な環境です。

専門分野としては「思春期の健康」「母子保健」「妊娠出産」「中絶」など幅広いテーマがある中で、今は「中絶」をテーマにした科目を1学期間かけて集中的に学んでいます。

世界基準の人権規範がある一方で、国ごとに政策や社会状況は異なります。その違いが何に起因し、どのような課題を生んでいるのか、それに対してどんなアプローチが可能なのかを、各国の事例を通して深く掘り下げているところです。

――UCSFにある思春期の研究を行っている機関でインターンに参加されていると伺いました。

富増:はい。主に携わっているのは、長期的に進められている「The 3E Study」というプロジェクトです。ヒスパニック系学生が多く在籍する大学の若年成人を対象に、社会経済的地位やストレス・健康との関連を分析するのが目的で、私はデータ分析の補助やデータのクリーニング作業を行っています。

また、完成した論文の内容が一目で伝わるよう、ポスター形式でインフォグラフィック化する作業にも積極的に関わりましたね。研究室の教授陣は論文を「書いて終わり」ではなく、「どう伝えるか」までを常に意識されています。確かに論文は、読まれて初めて意味を持ちますから。

――学生生活の中でアメリカと日本の違いを感じることはありますか。

富増:クラスには本当に、各国、多様なバックグラウンドを持った学生が集まっています。また、医療従事者は私くらいで、心理学や社会学、法学など、専門とする分野もそれぞれ。そのためグループワークでは常に多彩な視点が交わされ、その国の社会状況や文化に即した意見が出てくるのが新鮮で大きな学びにつながっています。

公衆衛生の仕事はもともと、医療だけで完結するものではなく、他分野との協働が欠かせません。分野横断的な学びを前提とした環境で、その本質を実感できたのは留学して本当に良かった点です。

留学先のクラスメイトとのひと時を楽しむ富増さん(前列左端)

人と人の協働が成果を生み、社会を変えていく

――卒業後はPh.D課程(大学院の博士課程)に進学するとのこと。自身の将来像をどう描いていますか。

富増:研究テーマである「思春期における性と生殖に関する健康」の課題を可視化し、政策につなげ課題解決に結びつけたいというのが原点であり、その想いは変わっていません。けれど、思春期に関してはとにかくデータが不足しているんです。

2023年度から国の政策として全国で始まった性教育の一環「生命(いのち)の安全教育」(外部リンク)では、SNSで知り合った人に会うことの危険性等にも言及されています。しかし現実を見ると、特に若者層は対面よりも、圧倒的なスピードでSNSを通じて人とつながっています。その実態を正確に捉えるデータ収集が非常に難しい状況です。

さらに、仮にデータを有効な形で活用できたとしても、その情報にアクセスできない人たちが存在するという問題はこれまでと変わりません。必要な人に必要な情報を届けるには、どう改善すればいいか。データ集約・そのデータを活かせる体制づくり、この2つの軸で研究テーマをもっと深堀りして、取り組んでいきたいと考えています。

――最後に、Sasakawa看護フェローに興味を持っている看護師に向けて、エールをお願いします。

富増:個人的には、看護師や助産師といった1つの職種にとどまらず、病院内に限らない、地域や政策までを含めた幅広い視点で関わっていくのが大切だと思っています。そういう意味では笹川保健財団が掲げる理念「看護師が社会を変える」には、フェローになる前から共感していましたし、実際に他のフェローのみなさんも同じ視点を持って活動されています。

一人では難しいと感じることでも、さまざまな立場の人と協働すれば想像以上の成果につながることがある。フェロープログラムは、そうした協働を生み出すための大切な土台になっている存在だと感じています。大変なこともありますが、進んだ先には得られるものが必ずあるはず。自分には「無理だ」と決めつけず、ぜひ一歩踏み出してほしいです。

卒業後の進路や将来の目標について語る富増さん

編集後記

世界と比べると、いまだ「性教育後進国」と指摘されることの多い日本。個々の団体や個人による取り組みや情報発信は確かに存在しますが、それらは点在したまま、十分につながり切れていないのが現状です。

富増さんが取り組む研究とこれまでの歩みは、その点をつなぎ、一本の線として社会に描き出そうとする試みなのかもしれません。

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撮影:永西永実

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