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失った指、それでも「後悔はない」──宮﨑かづゑさんの著書『長い道』が教えてくれる生きる力とハンセン病の記憶

文学を通して、ハンセン病問題に触れる意義について話をうかがった、長島愛生園歴史館・学芸員の大黒由樹乃さん(右)と、NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会の渡辺佳苗さん(左)

取材:ささへるジャーナル編集部

全国のハンセン病療養所で暮らす入所者は、2026年5月1日時点で553人。長年の偏見や差別の歴史もあり、療養所で暮らす人たちと直接出会ったり、その日々の暮らしや思いに触れたりする機会は、今も決して多くありません。

そうした暮らしに触れる手がかりの一つが、長島愛生園で暮らす宮﨑かづゑ(みやざき・かづえ)さんの著書『長い道』です。

10歳で同園に入所し、病気による後遺症などの困難を乗り越えてきた宮﨑さんは、80歳を過ぎてから本格的に執筆を開始。その飾らない言葉で綴られた日常の記録は、多くの人に生きる力を与え続けています。

この夏、岡山市中心部の表町商店街にある「詩人 永瀬清子(ながせ・きよこ)とハンセン病文学の読書室」では、『長い道』を学芸員の朗読と解説を通して読み解く連続講座「学芸員が読み解く 宮﨑かづゑの『長い道』」(外部リンク)が開催されています。

2012年に発刊された宮﨑かづゑさんの著書『長い道』(みすず書房)

本記事では、2026年7月18日に開催された第2回講座の模様をレポートするとともに、本講座を企画した長島愛生園歴史館(外部リンク)の学芸員・大黒由樹乃(おおぐろ・ゆきの)さん、同施設を運営するNPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会(外部リンク)事務局長の渡辺佳苗(わたなべ・かなえ)さんに話を伺い、文学を通してハンセン病問題に触れる意義を探ります。

幼少期から療養所で生活する、宮﨑かづゑさんの人生を「声」で届ける

――宮﨑かづゑさんは、どのような方なのでしょうか?

大黒さん(以下、敬称略):宮﨑さんは1928年に岡山県で生まれました。幼い頃にハンセン病を発症し、病気の影響で学校へもあまり通えない生活を送られました。

社会の差別もあり、1938年、10歳で長島愛生園に入所されます。19歳のときに後遺症で右足を失い義足となり、22歳のときに園内で出会った宮﨑孝行(みやざき・たかゆき)さんと結婚されました。

結婚後は、病気の影響がありながらも家庭を支えながら暮らします。40代半ばから60歳頃まではうつ病を患われます。しかし、園内での引っ越しを機にワープロを習い始め、看護師さんへの感謝の気持ちを綴るなど、文字を打つことに夢中になるうちに、うつの症状も次第に寛解していきました。

その後も、絵を描いたり、新しい趣味にも取り組まれるようになり、80歳頃から執筆を始められます。今回取り上げた『長い道』は、2012年、84歳で刊行された作品です。宮﨑さんはとてもバイタリティーあふれる方で、98歳となった現在も長島愛生園の機関紙で連載を持つなど、精力的に活動されています。

宮﨑かづゑさんのこれまで歩んできた人生について語る長島愛生園歴史館・学芸員の大黒由樹乃さん

――今回の朗読講座を企画したきっかけについて教えてください。

大黒:もともとは、入所者の方に向けたレクリエーションとして企画していましたが、せっかくならハンセン病について広く知ってもらう機会にもできるのではないかと考えたのです。

私は、長島愛生園の学芸員としてハンセン病問題の歴史を伝えたり、資料を保存したりする仕事をしていますが、より多くの人に届けるアウトリーチ活動にも取り組みたいと考えていました。

テーマが文学であれば場所を問わず開催できること、朗読なら、本を読むのが苦手な方や、これまでハンセン病問題に触れる機会がなかった方にも気軽に参加していただけ、さまざまなことを考えてもらえるのではないかと思いました。

また、ハンセン病文学には、視覚障害のある入所者の方が声で語ったものを第三者が書き起こして出版された作品も少なくありません。だからこそ、文字を目で追うだけでなく、声に出して読み、耳で聞くことで、作品の持つ魅力をより立体的に伝えられるのではないかと考え、朗読という形を選びました。

――数あるハンセン病文学の中から、『長い道』を取り上げた理由を教えてください。

大黒:『長い道』を選んだのは、とても読みやすく、ハンセン病問題にこれまであまり触れたことのない方にも受け入れていただきやすい作品だと思ったからです。

もう一つは、入所者の日常がとても赤裸々に描かれていることです。ハンセン病文学には、隔離政策や社会運動について語られた作品もありますが、『長い道』には療養所での日々の暮らしが丁寧に綴られています。

また、重い障害のある女性が、自身の暮らしや思いを書き残した作品は決して多くありません。男性優位の社会の中で、身体の不自由さを抱えた女性は、療養所の中でも肩身の狭い思いをしてきました。

宮﨑さんは、そうした立場から愛生園での生活を自身の言葉で綴られた方です。その視点から描かれた暮らしに光を当てたいと思いました。

『長い道』を朗読する大黒さん

――啓発活動という目的もある中で、朗読する箇所はどのように選ばれたのでしょうか。

大黒:第1回(2026年6月20日開催)では、愛生園でどのような生活を送っていたのか、また愛生園に入所するまでにどのような人生を歩んできたのかという、宮﨑さんの人生全体に関わる部分を読みました。

今回は、『長い道』が作られるきっかけになった出来事を伝えたいと、親友だった西(にし)トヨさんががんを患い、亡くなるまでを描いた「あの温かさがあったから生きてこれたんだよ」という箇所を選びました。

大黒さんが読み上げる宮﨑さんの親友・西トヨさんとの心温まるエピソードについて静かに聞き入る参加者の皆さん

――大黒さん自身、初めて『長い道』を読まれたとき、どんな感想を持たれましたか。

大黒:宮﨑さんの生きる強さに大きな衝撃を受けました。私にとって、人生の参考書というか、道しるべのような本に出会えたという感覚です。

特に印象に残っているのは、宮﨑さんが、家事をする中で指を失ったことについて「後悔はしていない」と書かれている部分です。作中では、将棋に例えて「その時その時で一番いい手を打ってきた。その結果が今なんだ」と受け入れたと綴られています。

私自身とは置かれている状況はまったく違いますが、私もそんなふうに考えられるようになりたいと思いました。

また、入所者の方が指を失った手を宮﨑さんに見せながら「かづちゃん、見て。なくなっちゃった。こんな手になっちゃった」と話し、宮﨑さんが「よく働いてきたんだね」と返す場面も印象的です。

一人の人間として素敵だと思いますし、ハンセン病問題やハンセン病文学という枠組みを超えたパワーを持つ作品だと思います。

参加者には、朗読される『長い道』の一節のコピーが配られ、目で追いながら物語に触れることができる

―宮﨑さんに朗読会の企画を伝えた時の反応はいかがでしたか?

大黒:今回の企画をきっかけに初めて宮﨑さんにお会いしました。朗読講座を開きたいとお話すると、「えーっ!」と驚かれて。「私は本当に、目立ちたいわけじゃないんよ」と、とても謙遜されていました。

それでも、ご家族とのことや愛生園での暮らしが書かれた作品だからこそ、ぜひ開きたいとお伝えすると、快く承諾くださいました。

その後もお会いするたびに、いつも「ありがとう、ありがとう」と言ってくださいます。『長い道』にも何度も「ありがたい」という言葉が書かれていますが、宮﨑さんは誰かにしてもらったことを一つ一つ大切にされてきたのだなと感じます。

読書室には、宮﨑さんが描いた絵画も飾られている

――開催場所として「詩人 永瀬清子とハンセン病文学の読書室」を選んだのはなぜでしょうか。

大黒:瀬戸内海の長島にある愛生園は、気軽に立ち寄れる場所とはいえず、「行こう」と思わなければなかなか足を運ぶ機会のない場所です。市街地にあるこの読書室なら、人通りも多く、ふだんは愛生園まで来られない方にも参加していただけるのではないかと考えました。

また、愛生園に来られるのは、ハンセン病問題に関心を持って訪れてくださる方がほとんどですが、この読書室には、「新聞で見て気になって来た」「ちょっとのぞいてみた」という方も多くいらっしゃいます。

これまでハンセン病問題にほとんど触れる機会がなかった方にも知っていただき、関心を持っていただくことで、啓発の裾野を広げられたらと思っています。

「詩人 永瀬清子とハンセン病文学の読書室」は、400年の歴史を誇る岡山県下最大の商店街「表町商店街」の一角にある

ハンセン病問題を知る入口としての「読書室」

――「詩人 永瀬清子とハンセン病文学の読書室」とは、どのような場所なのでしょうか。

渡辺さん(以下、敬称略):ハンセン病問題について関心を高めてもらおうと、2025年に開館しました。現代詩の母といわれる永瀬清子さんの詩集をはじめ、ハンセン病に関するさまざまな書籍を無料で読める図書室です。

永瀬清子さんは戦後間もない頃から40年以上にわたって長島愛生園に通い、入所者の方々に詩作の指導を行っていました。また、ハンセン病問題を題材にした詩『癩(らい)について』も残しています。

読書室には、ハンセン病問題や療養所に関するさまざまな書籍や資料が並ぶ

――運営元である、NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会について教えてください。

渡辺:長島愛生園の将来構想を考える中で、入所者の方々にアンケートを行った際に、「歴史的な建物を残してほしい」「自分たちがいなくなった後も、多くの人に愛生園を訪れてほしい」という声が数多く寄せられました。

ちょうどその頃、日本でも世界遺産への関心が高まっていたこともあり、世界遺産として登録されれば、歴史的な建物を守り、ハンセン病問題をより多くの人に知ってもらうきっかけになるのではないかと考え、設立した団体です。

長島愛生園には、2026年7月に新たに答申された恩賜記念館(旧恩賜道場)や十坪住宅(徳島路太利)などの件に加え、1930年に建てられた旧事務本館など、現在12件の国登録有形文化財があります。歴史的建造物の保存・継承に取り組んでいるところです。

渡辺さんたちは、入所者の皆さんが願う「ハンセン病療養所」を保存し後世へ受け継ぐため、世界遺産の登録に力を入れている

――なぜ表町商店街に読書室を設けたのでしょうか。

渡辺:表町商店街を選んだ理由の一つは、近くに岡山芸術創造劇場「ハレノワ」があり、演劇やミュージカル、講演会などを目的に訪れる方が多いからです。

人通りだけでいえば岡山駅周辺のほうが多いのですが、駅前は足早に通り過ぎる方がほとんどです。一方、表町商店街はゆっくり歩いている方が多く、「ちょっと寄ってみようかな」と気軽に訪れていただけそうな場所だと考えました。

また、表町商店街はかつて岡山で最もにぎわった商店街で、長島愛生園の入所者の方々も買い物に訪れていたそうです。

――入所者の方とも縁のある場所なんですね。ふだん読書室にはどのような方が訪れているのでしょうか。

渡辺:最も多いのは、新聞やテレビなどの報道をきっかけに関心を持ち、足を運んでくださる方です。長島愛生園で働いていた方や、看護師の方で、「同僚が長島愛生園へ異動したので、どんな場所なのか知りたくて来ました」という方もいらっしゃいます。

最近では、人権について学んでいるという大学生や、「若い頃に長島愛生園へ行ったことがあるけれど、年齢を重ねてなかなか行けなくなった。街中に読書室ができたので来られてうれしい」と話してくださる方もいました。

講演会や朗読会などのイベントを月に3~4回開催しているのですが、毎回のように参加してくださる方もいます。

読書室の入り口には、誰もが訪れやすいよう、ハンセン病問題関連のおすすめの一冊が飾られている

――渡辺さんは今回の講座を聞いて、どのようなことを感じましたか。

渡辺:前回は、宮﨑さんがご自身の体験を淡々と、ご自身の言葉で綴られているからこそ、周囲からどのような差別を受けてきたのかが伝わってきました。

今回は、西トヨさんとのやり取りの中で、「うれしい」「ありがとう」「幸せ」という言葉が多く出てきたことが印象的でした。自分で「通院できることが幸せ」、それが叶わなくなったら、「先生が来てくれることを幸せ」と西さんに伝える場面から、誰かにしてもらったことを素直に喜び、その気持ちをまっすぐ表現する宮﨑さんの魅力が伝わってきます。

よく、入所者の方々を「かわいそう」と言われる方がいます。 しかし、宮﨑さんの作品に描かれているのは、苦しみだけではなく、人とのつながりの中で感じた喜びや感謝です。自分の感情をストレートに表現されているところに、宮﨑さんらしさや、力強い生きざまを感じます。

宮﨑さんが綴った『長い道』の魅力について語る、NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会の渡辺佳苗さん

ハンセン病文学を通して知る、入所者の記憶

――参加者の方にもお話を伺います。今回の講座に参加されたきっかけについて教えてください。

参加者:2024年に公開されたドキュメンタリー映画『かづゑ的』で宮﨑かづゑさんのことを知りました。宮﨑さんの生きるエネルギーに圧倒され、すごい方だと感じ、もっと詳しくお話を聞きたいと思ったのがきっかけです。

――ハンセン病問題については以前から関心があったのでしょうか

参加者:私は永瀬清子さんの生家保存会のメンバーなのですが、永瀬さんが長島愛生園に通っていたことは知っていたものの、ハンセン病問題についてはほとんど知りませんでした。

読書室ができたことをきっかけに関心を持ち、長島愛生園の見学ツアーに参加したり、少しずつ勉強しているところです。見学ツアーでは入所者の方から直接お話を伺うことはできないため、今回、作品を通して宮﨑さんの言葉や生き方に触れられたことは、とても貴重な機会になりました。

――改めて、大黒さん、渡辺さんのお二人に伺います。ハンセン病問題をより多くの人に知ってもらううえで、文学や朗読にはどのような力があると感じていますか。

大黒:ハンセン病問題を語り継いでいくためには、多くの人に「自分ごと」として捉えてもらうことが必要です。それは、単にハンセン病に対する差別がなくなればいいということではなく、ほかの病気や障害に対する差別が残っていたり、生まれたりしては意味がありません。

ハンセン病問題に触れた人が、「自分の中にも、誰かを差別する意識がないか」と考えていただく機会にきっかけになることが大切だと思うんです。

まずは、入所者の方を自分と同じ一人の人間として捉え、親しみを感じてもらうことが、その第一歩になる。

そういった意味では、入所者の方ご自身の言葉で書かれた作品には、学芸員などハンセン病当事者ではない人間が伝えるだけでは補いきれない魅力があります。文学を通して、その方の人生や思いに触れることには、この問題を伝えていく大きな力があると感じています。

私自身、この仕事に就いてから、入所者の方の言葉にたくさん力をもらいました。つらい経験をされながらも、「今、生きていてよかった」と語られる姿に触れ、とても感動しました。文学作品を通して、“生きる力”も受け取ってもらえたらと思っています。

渡辺:私たちは、建物を残すだけではなく、入所者の方が生きてこられた記録や記憶を、次の世代につないでいきたいという思いで活動をしています。

読書室に来られる方の中には、「(ハンセン病問題は)もう終わったことなのに、なぜ今、取り上げるのですか」とか、「もう治っているのに、なぜ今も療養所に暮らしているのですか」といった質問をされる方もいます。そうした、ハンセン病問題があまり身近でなかった方にこそ、ぜひ来てほしいですし、イベントにも参加していただけたら嬉しいです。

文学について言えば、証言や記録は読んで考えながら受け取るものですが、朗読で聞くことで、言葉がすっと入ってきて、脳裏に刻まれるように感じます。自分の中に情景が浮かぶ。そこが朗読の大きな魅力だと思います。

一般的に、啓発というと「差別してはいけない」と伝えることが中心になりがちですが、私たちが伝えたいのは、「こう生きたい」「こんなふうに生きられるんだ」と感じてもらうことです。

コロナ禍を経験したことで、病気になっただけで人が差別されることのつらさを、より身近に感じた方もいるのではないでしょうか。入所者の方が一番望んでいるのは、「自分たちのような経験をする人を、これ以上つくらないこと」。その思いを、さまざまな形で伝えていけたらと思っています。

文学が持つ力、ハンセン病問題への思いについて語ってくれた大黒さん(右)と渡辺さん

編集後記

今回の取材をきっかけに『長い道』を手に取りました。

幼少期の思い出、故郷を離れて長島愛生園に入園した日のこと、何度も会いに来てくれたお母さんのこと。そして、孝行さんとの結婚生活や、親友・トヨちゃんのこと――。かづゑさんのみずみずしい言葉で、療養所での暮らしが綴られています。

もしも自分が家族から引き離され、身体の一部を失うほどの経験をしたとしても、かづゑさんのように感謝の気持ちや、前を向く力を持ち続けられるだろうか。読み終えた後も、何度も考えます。

ハンセン病について、まだよく知らない人にも、読んでほしい一冊です。そして、関心を持たれたら、読書室や長島愛生園を訪れ、この地で生きてこられた方々の記憶に触れてもらえたらと思います。

連続講座「学芸員が読み解く 宮﨑かづゑの『長い道』」の第3回は、2026年9月19日(土)に開催されます。今回の記事をきっかけに宮﨑さんのことを知った方も、会場で作品に触れてみてはいかがでしょうか。

撮影:十河英三郎

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