会長ブログChairman Blog

20190の記事

30 Years on from Peshawar A Tribute to Dr. Tetsu Nakamura

(12/9付け 中村哲先生追悼のブログの英語版) Jalalabad has become a place where nothing that happens is a surprise. To the south o […]

サヨナラ2019年

今年もあと1週間を切りました。 物心ついて以来の何十年間、毎年、今頃、そう思いながら、やっぱり今年も同じ、ちょっと気ぜわしき日々です。少し違うのは、もう先はそれほどないという気がすることでしょうか。でも、その割にのほほん […]

カミサマになった哲先生

  これほどの快晴はないというほど晴れ上がった一日、中村哲先生のお宅を訪問しました。 大牟田市の郊外、農村の趣もある一角に、あの哲先生が住んでおられたお宅がありました。30年前、ペシャワールで、何度も夕食をごち […]

『五島崩れ』ー潜在キリシタン迫害の物語 舞台化

かつての看護大学学長時代、学生諸氏の読書推進のために二つの試みをしました。ひとつは、毎年、入学式に際して「学長がすすめる100冊の本」を提案しました。初年度は何となく選びましたが、2年目以降はテーマをしぼり、女流作家とか […]

看護師が社会を変える-5 だれ一人取り残さないを目指していた財団開祖

臨床医、国際保健・・・公衆衛生を経て、看護教育にも関与させて頂けた私の社会人生活は、そこで終わるはずでしたのが、ご縁があったのでしょうか、現在の職場にまいった後、夢がかなう思いがするほど、深く広くなりました。と申すより、 […]

中村哲先生の訃報 ペシャワールからの30年

どんなことが起こっても不思議ではない地域になっていたジャララバード。畏友中村哲の命を吸い取ったその地の南にパキスタンとの国境でもあるスピン・ガール(Spin Ghar現地の言葉パシュトゥ語で白い山)が横たわっています。私 […]

看護師が社会を変える-4 PHCという画期的な発想

1977年、第30回世界保健会議(WHA)で、「すべての人に健康を(HFA)」が合意された翌年の1978年、9月6日から12日まで、旧ソビエト社会主義共和国カザフスタン地方(現カザフスタン共和国)のアルマ・アタ(現アルマ […]

看護師が社会を変える-3 なぜ、HFAからPHCへ

「看護師が社会を変える」と「Health for All by the year 2000(2000年までにすべての人に健康を)」やPHCがどう関係しているのか・・・です。 WHOメンバー国とは、ほとんどの国がそうですが […]

看護師が社会を変える-2

長く生きてきたので、時々、何故・・・したのとか、〇〇〇というところはどんなところなのかとの問いが、最たるものは、医師の私が、何故、看護師のことを??と云うのがあります。 あちこちで同じことを申しているのですが、私が看護力 […]

看護師が社会を変える-1

「看護師が社会を変える!!など、大層な・・・」と思し召しの方が大半、あるいは、「何を血迷ったことをほざいているのか?」と訝しく思われる方々がほとんど、さらには「何のこっちゃ???」と歯牙にもかけて下さらない方が大方かとは […]